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岩手日報様掲載の「いわてのわ」に

いわての”わ”を広げようと魅力的な情報発信をしているキーパーソンとして、当社 磐乃井酒造 佐藤竜矢 が掲載されましたのでご紹介いたします。

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磐乃井酒造 杜氏 佐藤竜矢

 1985年、一関市生まれ。日本大学法学部を卒業後、都内の映像制作会社で営
業職を経験。2012年に一関市にUターンし、磐乃井酒造に入社。営業職として
働きながら酒造りを学び、2017年から酒造りの最高責任者である杜氏に。ほか
に会社の経理や総務なども担当する専務取締役、営業、杜氏、事務方の「三足
のわらじ」で会社を支えている。

Uターンを機に杜氏になった佐藤竜矢さん
人をつなぐ日本酒造りを目指す

 岩手県の「最南端」、一関市花泉町にある磐乃井酒造。大正時代に地域住民の出資で設立された同社は、日本酒業界では珍しく家業ではなく「まちの企業」として地域に根ざした酒造りを続けています。Uターンを機に営業職として日本酒業界に飛び込み、現在は南部杜氏として伝統の酒造りの指揮を執っている佐藤竜矢さんにお話を伺いました。

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「ものづくり」の楽しさと憧れが根底に

Q、磐乃井酒造で働く前は、首都圏でどんなお仕事をしていましたか。

 大学を卒業してから、都内の映像制作やイベント運営を行う会社で、営業職として働いていました。特に印象に残っているのは、千葉県木更津市のご当地ヒーロー「鳳神ヤツルギ」をPRするためのご当地新聞の広告営業を担当したことで、よく飛び込み営業もしていました。ほかにも、アイドルイベントの握手会を企画・運営したり、映像制作の現場で映像監督と一緒に仕事をしたりする中で、「ものづくり」をする楽しさを感じた4年半でした。

Q、地元にUターンしたきっかけは?

 長男なので、ゆくゆくは地元に帰ろうかなと漠然と考えていました。24歳の時に父親が亡くなったこともあり、実家には母親だけだったので。けれど、特に何かやりたいことがあったわけではなくて、前職も楽しかったので、田舎に帰って楽しめるかなという不安もありました。東京にいたい気持ちと半々だったのですが、2012年に思い切って岩手に帰ってきました。

Q、磐乃井酒造で働くようになったのは、どうしてですか?

 実家に帰ってきて就職活動をする中で、たまたま行ったハローワークで磐乃井酒造の営業職の求人を見つけました。前職での営業の経験も生かせると思いましたし、何よりお酒を飲むことが好きなので、興味が湧きました。前職で映像監督など「ものづくり」をする人たちと深く関わっていたこともあり、漠然と「ものづくり」への憧れもありました。

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仮の言葉しか言えないのが悔しくて、
自ら酒造りの道へ

Q、営業職から杜氏になった人は珍しいと思いますが、どのような経緯があったのですか?

 入社当時は、営業職として主に首都圏の地酒専門店に売り込みに行っていました。飛び込み営業もしましたが、逆に営業先の店主の方がお酒に詳しかったりして悔しい思いもしました。そういう経験を重ねるうちに、自社の商品がどういうものかを伝える上で、自分自身が酒造りの工程を知らないと、説明する上でどうしても〝仮の言葉〟になってしまうことに、もどかしさが募っていきました。
 そこで、営業をやりながら蔵人と一緒に働き、商品をつくりながら売っていくことができればいいなという気持ちから、「酒造りにも関わらせてほしい」と社長に頼み込んだのがきっかけです。それからは、営業職として働きながら、県の工業技術センターに通ったり、南部杜氏の講習会で最先端の酒造りを学んだりして勉強を続けました。酒造りの工程を知っている今は、自信を持って商品を提案できるようになりました。

Q、普段の仕事内容を教えてください。

 自ら酒造りに関わるようになって今年で7年目になりました。酒造りの最高責任者である杜氏になってからだと、今シーズンで5回目です。杜氏の仕事は簡単に言うと、どんな酒を造るかを思い描いて、それに沿って指揮を執ることです。目指す酒の味にするには、どの米をどのくらい磨いて、どの酵母を使うかなどのレシピを作り、その作業計画を立てます。今年はどんな酒を造ろうかと考えている時間が一番楽しいです。
 私の前任として杜氏を務めていたのは社長なので、新しいことに挑戦するにしても、どんどんやってみなさいというスタンスで、何事も自由に取り組ませてもらえる環境で、とても助かっています。
 毎年11月から酒造りの仕込みがはじまり、2月末まで作業が続きます。目標とする味を目指して、発酵の状態を見ながらほぼ毎日作業が続きます。日本酒は年末年始にかけて最も消費が増えますが、実は営業もこの時季が勝負なので、毎年酒造りと営業のピークが重なり、この時季はとても忙しいです。

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Q、地域との関わりについて教えてください。

 当社は古くから「まちの企業」として、地域に根ざした酒造りを行ってきました。地元の農家の冬の働き場所を創出するために発足した地場企業なので、今でも花泉町内を中心に188人の株主がいます。酒造りにもその精神は引き継がれており、原材料はなるべく地元のものを使うようにしています。岩手県産米を中心に、地元の水で仕込みを行っていますし、2年前からは、麹造りを担当する「麹屋(こうじや)」と呼ばれる蔵人の家で作った酒米でも酒を造っています。蔵人が作った米で酒造りにチャレンジするというのは、当社としては新しい取り組みです。
 毎年3月の第2日曜日には、「新酒まつり」も開いていて、15年くらい続いていると思います。例年であれば400人くらいが集まる、地域の一大イベントです。ほかにも、地域に開かれた酒蔵を目指して、「酒蔵見学」は1名から受け入れています。コロナ禍の前は、バスツアーなども積極的に受け入れていて、首都圏からもたくさんの日本酒ファンが訪れていました。

Q、関係人口を増やすために、酒蔵として取り組んでみたいことはありますか?

 コロナ禍の影響で、日本酒業界も打撃を受けています。もともと日本酒は飲食店で飲む人が多く、飲食店が閉まっていた影響で、出荷本数も大幅に減りました。そんな中、コロナ禍で難しくなった酒蔵見学をオンラインで実施できないか検討しています。酒蔵見学は「地域に根ざした酒造り」という当社の考えを実感してもらって、磐乃井ファンになってもらうための大切なきっかけになると思っています。酒蔵としては、やはり酒を通じた関係人口づくりができることが一番だと思っています。

 また、海外への販路を見いだそうと、JETROの専門家支援事業の一環で中国やタイ、シンガポールの業者とのオンライン商談会にも挑戦しています。国内需要が伸び悩む今、国内に限らず、新しいことに挑戦していく必要性を感じています。

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いい意味での「狭さ」と「近さ」

Q、今後、岩手に関わりたいとか、Uターンを考えている方へアドバイスをお願いします。

 自分が地元にUターンして一番感じるのは、いい意味で「狭い」し、「近い」ということです。東京にいた時は、同郷の人に出会うことはほとんどありませんでしたが、岩手で働くようになってからは、友達や知人からのつながりが、仕事につながることも少なくありません。それに、近所に飲みに出掛けると、「お宅の酒はこうだった」と直接お客さまから感想を聞くこともあります。お客さまから生の声を聞けて、直接つながることができることは、地元で働いていて良かったことの一つです。
 それに、山や海などの豊かな自然は、見ているだけで癒やされます。そういった環境に身を置いていることは、少なからずものづくりにも影響していると思います。

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円滑なコミュニケーションを日本酒から

Q、いわての“わ”を広げるために、佐藤さんが人に教えたいと思う岩手や一関地域の魅力を教えてください。

 ずばり「うまい日本酒」です。酒を飲むことで縮まる人間同士の距離感や、広がる人と人との“わ”があると思います。「うまい日本酒」がコミュニケーションツールになって、人と人がつながる。そんな酒造りを目指したいと思いますし、岩手にはおいしい日本酒がたくさんあるので、ぜひたくさん飲んで、円滑に人の“わ”を広げていってほしいと思います。

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